今の時代のメニューの考え方
一匠庵のメニューには2つの大きなコンセプトがあります。それは「メニューを必要最小限に絞る」ことと「食の安全性に配慮する」ことです。まずひとつめの話として、なぜメニューを絞るのかにつ
いてですが、これは少ない人数でお店を回す必要があるからです。近年は人件費が高騰しており、採算性を考えるとスタッフの人数はあまり増やさないことが経営を安定させ
る秘訣といえます。
さらに日本全体での深刻な人手不足のため、特に飲食店ではスタッフを補充したくてもなかなかできないという状況があります。スタッフが辞めて欠員が生じているのに、いくら募集をかけても採用できずに困っているというお店は珍しくありません。さらには、これまでは考えられなかったことですが、収支に問題がないのにもかかわらず、スタッフの補充ができないために、やむを得ず休業に追い込まれる事例さえ出てきているのです。
少ないスタッフで回すことを前提にする
ですからこれからの時代は、スタッフの作業量を増やさず、少ない人数で回すためにも、メニューをできるだけ絞り込むことは必須事項と考えています。新しく蕎麦店を開こうとする人は、お客様が来るかどうかの不安から、保険的に多くのメニューを揃えてしまいがちですが、それが効率を悪くする原因となり、経営のマイナスになってしまいます。またメニューが色々あると蕎麦専門店としてのイメージが薄らいで
しまうため、どっちつかずのお店になってしまうのです。
今の時代、多くのメニューがあるお店を求めるお客様は、ファミレスなどのチェーン店に行く傾向になっていますので、個人経営の小さなお店は、専門店にする考えでメニューを特化させたほうが得策でしょう。
冷たい蕎麦しか出さない理由
メニューを絞れば、原材料が高騰している中でも材料のロスが少なくて済みます。そして厨房のスペースが少なくて済み、作業の効率も断然よくなります。ですからこれからの飲食店では、少ない人数でいかに回すかが成功のカギになると思っています。
一匠庵では温かい蕎麦もメニューに入れていません。きちんとやろうとすれば、だしも温かい蕎麦用に別に作らなければならないですし、蕎麦好きのお客様が集まる当店では、ほとんどの方が冷たい蕎麦を食べるので、あえて省いているのです。
また丼物についてもやめようと考えたことがありましたが、スタッフで議論して、天丼ならば元々天ぷらはあることからご飯を炊くだけで済むので、現状では唯一天丼はお出ししています。

一匠庵の掲げる「3つのノー」
これからの時代には、食の安全がますます求められてくるでしょう。そこで一匠庵では「3つのノー」を掲げています。まずひとつめは「ノー・グルテン」です。これは小麦アレルギーの方に配慮して、小麦を使っていないことを意味します。グルテンとは小麦に含まれるたんぱく質であり、小麦アレルギーの原因となる物質です。また最近ではグルテンが様々な疾患の原因になっているのではという研究もあるようですが、真偽のほどは分かっていません。
当店の蕎麦は十割ですのでつなぎとしての小麦粉を使っていないのは当然ですが、それ以外も含めて小麦を一切使用していません。最近の取り組みとして小麦を使わない丸大豆醤油を採用いたしました。醤油のグルテンは製造過程(醸造中)で分解されるといわれていますが、まれにアレルギー反応のあるかたもいらっしゃるということですので、あえて醤油の原材料である小麦を排除するこだわりに至りました。詳しくは後述します。
次が「ノー・GMO」。これは「遺伝子組み換え作物」(大豆やトウモロコシ、ナタネなど)の原材料を使わないということです。醤油原材料の大豆には遺伝子組み換えでないものを選んでいますが、盲点は揚げ油です。揚げ油にはこめ油を使用することで安全性を確認の上、天ぷらなどのお料理を提供しています。
最後は「ノー・MSG」です。MSGとはあまり聞きなれない言葉ですが、グルタミン酸ナトリウムなどの「化学調味料」(うまみ調味料)のことをいいます。人体に影響するものではないともいわれていますが、世界的には脱化学調味料の流れが加速しています。
現在、一匠庵本店での使用量はゼロです。もちろん醤油やその他の原材料にも化学調味料は入っておりません。今後外国人観光客が増えていく中、一匠庵ではノーMSGを貫いていくつもりです。
グルテンフリーのメニュー作り
「3つのノー」を掲げている一匠庵のメニューで、大きな特徴になっているのは天ぷらです。天ぷらは通常、衣の材料に小麦粉を使うのですが、当店では「グルテンフリー」の観点から、小麦粉を使わない独自の天ぷら粉を開発しています。
それは蕎麦粉と加工でんぷん(米粉やタピオカ粉由来)をブレンドしたものなのですが、グルテンがない分油切れがよいメリットがあり、食べてももたつかず、時間がたってもさくっとしているのが特長です。前述の良質なこめ油で揚げておりますので、年配の方からも食べやすい天ぷらだといっていただくこともあります。なお、揚げ油の多くは添加物としてシリコンがごく微量ながら配合されているものがほとんどです。シリコンの役割としては揚げ物の泡立ちを抑える効果がありますが、当店のこめ油にはシリコンは添加されていません。
小麦を使わない特別な醤油
醬油は蕎麦の中で最も重要といえる調味料ですが、ほとんどの蕎麦店では通常小麦を使用したものが使われています。
ご存じのように醤油の主原料は大豆なのですが(現在は脱脂加工大豆が一般的です)、発酵を進みやすくする目的で昔から小麦が使われています。大豆はたんぱく質、小麦はでんぷんですのでその原理は正しいのですが、当店では丸大豆と食塩のみで醸造した醬油を使っています。小麦を使用していない分だけ長期間の熟成を必要とするので、これは国内でも製造しているメーカーは限られている特別な醤油なのです。そして丸大豆のふくよかな味も特徴となっています。

文・日本蕎麦街道代表 本木拓也