蕎麦店開業の

参考書

【第六回】食品の値上げにどう対処するか

昨今の値上げラッシュについて

 この原稿の執筆時点(2023年5月)での感想を率直にお話ししますが、昨今の値上げラッシュは、飲食業界にとっても大きなダメージになっています。しかし私は今回の値上げは、これまでの失われた30年の反動だろうと考えています。ですから、そこまで異常なことではないと思っています。
 かつてハンバーガーが60円ほどになったことや、牛丼が260円ほどになったことを記憶していますが、そもそもそれが異常だったのです。企業努力といえばそうなのかしれませんが、行き過ぎた値下げは、本来あるべき働き方の構造変化が先送りされ、可処分所得が減ったゆえに起こった現象でした。
 日本人の働き手がいかに打たれ強いかが顕著に表れた結果ともいえるでしょう。本来起こるべき賃上げ交渉なども、日本国民にはなじみがありませんでした。その結果現在では、副業やダブルワークが認められて、さらに生活は困窮を極めている状態です。

 

「一匠庵セット」。ここに使われている原材料のほとんどが値上がりしている

 

 

多くの食糧を輸入に頼っている日本

  ここ最近の食品の高騰は、円高や原油価格の上昇、ウクライナ戦争にも関連付けられますが、果たしてそれだけなのでしょうか。私は日本の主食であるコメや、副食であった蕎麦などの栽培がないがしろになり、多くの食糧を輸入に頼っていることが根本原因だとさえ思っています。
 さらにいえば近海魚の漁獲が激変している話があります。乱獲に加えて、数の増えたクジラが小魚を大量に食べているともいわれています。かつての日本は捕鯨国でした。IWC(国際捕鯨委員会)から脱退して数年が経ちましたが、日本人が培ってきたクジラ文化は戻ってきておりません。日本の海の周りではクジラが繁殖し、小魚の漁獲に影響を及ぼしているといわれ、おまけにアニサキスという寄生虫の大繁殖の原因にもなっているという話まであります。

 

 
どこか日本の食文化はおかしくなった

 現代では朝食はトーストとコーヒーでという家庭が珍しくなくなりました。普通の日常の光景です。私の子供のころの記憶では、ご飯に味噌汁(せいぜい白菜)と目刺し1本という食事が当たり前でした。またそれで満足していました。
 私が子供の頃のお弁当に、焼き方が足りなくて赤い血の色をしたクジラの肉がおかずに入っていて、ごはんがピンク色に染まっていたことがよくありました。当時隣の席だった女子からは、還暦をとうに過ぎた今でもそのことで馬鹿にされます。あの頃を振り返ってみますと、今は亡き叔父が牡鹿半島の鮎川で水揚げされたクジラを、浜で大量に買ってきていたのでした。
 しかしクジラとはいえ肉はぜいたく品だったため、肉など食えない当時の同級生の目には、さぞやうらやましく映っていたのではないかと、今ではそう思っています。

 

 

日本の蕎麦文化の今

 蕎麦に話を戻しますと、こだわって手打ちの蕎麦を提供している多くの蕎麦屋さんが、還暦を過ぎたあたりから腰痛などで身体を壊し、引退なさる方が多いのには驚かされます。ただしそれは手打ち蕎麦での例であり、駅前の立ち食い蕎麦屋さんなどでは、業者から届けられた茹で麺を温め直すというやり方が一般的です。
 しかし温め直して使う茹で麺には、蕎麦粉のほかに大量の小麦粉が使われています。蕎麦粉より小麦粉の方が多いため、もはや蕎麦というよりも蕎麦色のうどんといえるものが提供されているのが普通です。では、混じりけのない十割蕎麦にしぼって考えていきましょう。十割蕎麦の文化はどのようになるでしょう。

 

 

希少価値の高い十割蕎麦

 十割蕎麦の歴史は古くからありますが、どちらかといえば田舎蕎麦に発祥するものがほとんどだと思います。蕎麦の実の表面の甘皮にはたんぱく質が豊富にあり、十割蕎麦の場合このたんぱく質がつなぎの役割を担ってくれます。
 十割蕎麦は大量生産が難しくコストもかかるので、多くのメーカーは小麦の多く入った蕎麦を商品として開発せざるを得なくなったのでしょう。現在に至っても十割蕎麦の希少価値が落ちることがないので、そば好きのお客様は十割蕎麦の看板を目指して行動されている方も多いのです。

 

 
十割蕎麦食べ放題の一匠庵

 一匠庵では機械で製麺することにより、手打ち職人から比較しても約10倍のスピードで麺を作り上げています。そのコスト分をお客様に還元するべく「お代わり自由」というサービスを成し遂げました。その反面「食べ放題」という認識が独り歩きしてしまい、世にいうフードファイターの方々も散見されます。私たちは、満足いくまでお蕎麦をお代わりしてくださいという考えは変わりませんが、気持ち悪くなるまで召し上がるお客様にはいささかの抵抗を感じております。何ごともほどほどにという考え方があります。しかしながら、多くのお客様は紳士淑女の方々ですので、これまで以上に大切にしていきたいと思います。
 お代わり自由は一匠庵ならではのサービスです。これが通常の蕎麦店に当てはめるとどういうことになるのでしょうか。従来通りのやり方では当然採算に問題がでてきます。そこで普通盛、大盛、特盛など量の違うメニューを、価格に差をつけて提供する方法などが出てくるわけですが、個別の問題なのでここでは詳しくは追及しないことにします。

 

生の十割蕎麦は時間がたつと品質が変わってしまう性質もある

 

 

十割蕎麦をよく理解すること

 蕎麦の実を粉にして、細長い麺に加工して食しているのは、日本の蕎麦と韓国の冷麺ぐらいでしょう。韓国の冷麺は、蕎麦粉のほかにも様々な粉を使用しているので、長時間の保管が可能になっています。それに対して日本の蕎麦は、小麦粉を多く使用して乾麺にも加工されています。しかし十割蕎麦ともなると、小麦粉のつなぎを使用しない分、数時間しか持たないので、事業の在り方そのものを考えていく必要があります。ある意味では魚よりも短命な食品ともいえるでしょう。それが理解できないと事業そのものの成功などありえないので、事前に考えておくべきことです。

 

 

 

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文・日本蕎麦街道代表 本木拓也

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