私たちのそばつゆに「昆布」が隠れている理由:四年間の探求と一つの哲学
こんにちは。私たちのそばを愛してくださる皆様へ、今日は一杯のそばつゆの裏側に隠された、**「科学と倫理の物語」**をお話しさせてください。
北海道から北前船によって各地へ運ばれ、日本の食文化の根幹を築いた昆布。その昆布が、「江戸のキレ」を追求する当店のつゆに、実はごく少量だけ使われています。そして、この昆布の量を決めるために、私たちは四年もの歳月を費やしました。
なぜ、そこまで徹底するのか?それには、味の追求を超えた、ある大切な哲学が関わっています。
北前船が運んだ「歴史の深み」を再現する
私たちのつゆに昆布を使うことは、単にうま味を足すというだけでなく、**「食の歴史」**に対する敬意でもあります。
江戸時代、北前船は北海道の昆布やニシンを運び、日本海側を南下して上方(大阪・京都)へ送り届けました。この船は、単なる輸送路ではなく、**「東と西の味覚を融合させた動く食文化」**でした。
例えば、京都の**「にしんそば」**は、海のない都が、北前船が運んだニシンと昆布によって生み出した、歴史的な創作料理です。
私たちは、この**「海の道」がもたらした昆布の力を、江戸のキレを持つつゆの中に「歴史的な隠し味」**として再現しています。それは、東西の最高のエッセンスを融合させるという、壮大な食文化の進化を現代に受け継ぐ試みなのです。
1. 「伝統」と「科学」が生んだ究極のバランス
江戸前のつゆは、力強い鰹節の香りと、濃口醤油の**「キレ」**が命です。しかし、時代と共に、お客様は単なる「キレ」だけでなく、「うま味の深み」も求めるようになりました。
ここで登場するのが昆布です。
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江戸の伝統(キレ)を守る: 昆布の風味を強く出してしまうと、京風のまろやかな味になり、「江戸のキレ」が失われてしまいます。
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科学的な進化(コク)を加える: 昆布のうま味成分(グルタミン酸)は、鰹節のうま味成分(イノシン酸)と一緒になると、わずかな量でもうま味の相乗効果を劇的に高めます。
私たちの四年間は、この二つの要素が完璧に両立する、**「昆布が味の主役にならず、鰹のうま味だけを最大限にブーストする、限界の最小量」**を探し出すための科学実験でした。
お客様が「変わらない」と感じつつ、「なぜか以前より深い」と感じてくださるなら、私たちの探求は成功です。食文化はこうして、気づかれないほどの精密さで進化していくのです。
2. 見えない素材への「倫理的な誠実さ」
私たちが最も大切にしているのは、**「お客様に知られないところで、命を消費する行為を徹底的に排除する」**という哲学です。
私たちのつゆは伝統上、魚介(鰹節)を使用します。これはお客様にも明確に**「目に見える」**味の構造です。
しかし、問題は「目に見えない」裏側の調味料です。
❌ 私たちが徹底的に避けているもの
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上白糖: 精製過程で動物の骨を焼いて作られるろ材**「骨炭(ボーンチャコール)」**が使用される可能性を排除するため、一切使用しません。
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みりん・醤油: 濁りを取り除く清澄剤として、ゼラチンなどの動物由来の成分が使われていないか、メーカーに厳しく確認しています。
これらの成分は「味」に直接影響しないかもしれませんが、私たちは、お客様に提供するすべての素材において、**「論理的な誠実さ」と「生命への倫理的な配慮」**を貫きたいのです。
3. ヴィーガンの方へ:透明性という名の誠意
私たちのつゆは、伝統的な鰹節を使用しているため、完全なヴィーガン対応ではございません。しかし、鰹節以外のすべての原料(醤油、みりん、砂糖など)は、この厳しい倫理基準に基づいて選定されています。
私たちは、単なる「アレルギー対応」ではなく、**「何で味が作られているか」**という構造全体を、すべての方に誠実に、透明に伝える責任があると考えています。
一杯のそばつゆには、四年間の探求と、揺るぎない生命への敬意が込められています。この想いが、皆様の心にも伝われば幸いです。