蕎麦店開業の

参考書

【第二回】研究の末たどり着いた一匠庵の「かえし」

蕎麦つゆの「かえし」とは

 「かえし」とは蕎麦店には欠かせない基本の材料で、醤油、みりん、砂糖から作ります。かえしという名前は、作るときに行う加熱のことを「煮返す」といったことから、それが語源となっているようです。
 冷たい蕎麦のつけ汁や、温かい蕎麦の汁もかえしをベースに、別に取っただしを合わせて作ります。
 かえしには2種類があり、一般的なものは火にかけて作る「本がえし」、そして基本的に火にかけないものは「生がえし」といいます。いずれを採用するかはお店の考え方にもよりますが、当店ではより一体感のある味わいになる本がえしをかえしとして使用しています。

 

蕎麦におけるかえしの重要性

 蕎麦作りの解説がかえしから始まることを不思議に感じる方もいらっしゃるでしょうが、かえしは蕎麦の味を左右する重要なもので、蕎麦店の繁盛を左右する要因にもなり、蕎麦において最も大切なものだと私は考えています。
 かえしを作るには約1か月間かかります。当店の場合ですと、仕込みはわずか30分で終わるのですが、その後醤油の角が取れ、材料の味が一体となるまで寝かせなければなりません。これは最低でも2週間といいますが、私の舌かげんでは約1か月かけないと納得のいく味にはならないと思っています。
 つまり蕎麦店を開業するためには、逆算すると最低1か月前にはかえしの仕込みを始めないと間に合わないことになります。そして自分で納得のいくかえしのレシピを作るまでの時間も必要です。解説の最初にかえしを選定したのはその重要性を皆さんに訴えたいからなのです。

 

かえしは蕎麦の味を左右するほど重要
 
 
厳選した材料を使用

 当店のかえしについていえば、材料には良いものを厳選して使っています。ここにちょっとしたヒントがあります。醤油には蕎麦店で使っている醤油の中でも大豆の香りの強い、丸大豆醬油を選んで使っています。しかも小麦を使用していない醤油を使用しています。理由はグルテンフリーが叫ばれている昨今の社会情勢を鑑みたものです。蕎麦屋にもグルテンフリーの社会が押し寄せてきているのです。
 醤油には一般家庭でも普通に使っている濃口醤油や、色の薄い薄口(うすくちと読み正式には淡口と書きます)醤油などがあります。蕎麦店では用途やお店の考え方に応じてそれぞれが使われますが、当店では淡口醤油のみを使用しています。
 温かい蕎麦の汁の場合、当店で使っている醤油では大豆の香りが強く、蕎麦の風味がかすんでしまうので、メニュー作りの段階で思い切って温かい蕎麦を外しました。そして蕎麦本来の味がより楽しめる冷たい蕎麦に特化し、かえしもそれに合わせた味づくりをしています。

 

昔ながらの「飲める」みりん

 次にみりんですが、現在市販されている一般的な「本みりん」の原料としては、もち米、米こうじ、糖類、醸造用アルコールなどがありますが、本来のみりんはもち米と米こうじと焼酎だけから作るものでした。みりんは正月にいただく「お屠蘇」の材料でもあり、かつてはお酒と同じアルコール飲料として飲まれていたものなのです。当店ではみりん本来の、もち米、米こうじ、焼酎乙類を主成分とした、本場愛知県産の高価なものを使っています。

 

みりんの煮切りについて

 みりんはアルコール分があるため、最初にみりんだけを火にかけてアルコールを飛ばすのが一般的なのですが、当店ではこの煮切りをしなくても風味豊かなかえしになることが確認できたので、あえて最初の工程を省いています。これは醸造用アルコール不使用のみりんなので、汁にうまく溶け込むためではないかと考えています。
 最後に砂糖ですが、さまざまな種類がある中で、滑らかな舌触りが特徴の「甜菜糖」をメインにし、コクを出すために沖縄産の「黒砂糖」を隠し味に加えています(通常蕎麦店では黒砂糖を使用することはあまりなく、当店独自のアイディアと思っています)。

 
味を追求した高原価のかえし

 すでにお気づきの方もおられるでしょうが、当店のように高い材料ばかりを使い、しかも「お代わり自由」のシステムでやっていけるのかと思われるかもしれません。半信半疑の方もいらっしゃるかとは思いますが、現実にその路線で経営が成り立っているのは偽りのないところですので、投げ出さずにまだお話にお付き合いいただければと思います。
 もちろん低価格の材料を使って、おいしい味を作り出すのも料理人の腕次第とは思っていますし、それもひとつの考え方でしょう。

 

 

かえしの応用

 かえしは蕎麦だけでなく、応用すればウナギのたれや焼き鳥のたれ、すき焼きの割り下にもなります。もちろん煮物などにも活躍する、無限に応用できる万能調味料ですので、生活の知恵として身につけておけば、毎日の食生活がより楽しくなるかと思います。

 

一匠庵の「鴨つけそば」
かえしは万能な調味料。焼き餅に使ってもおいしい

 

 

PDFのダウンロードはこちら

 

 

文・日本蕎麦街道代表 本木拓也

上部へスクロール