蕎麦店開業の

参考書

【第三回】立地と物件を考える

 第二回でお話した「かえし」の仕込みが終わったならば、かえしができ上るまでの1か月の間に、開店に向けて考えをまとめていきましょう。この章では実際に私が実践した内容を事細かにご説明します。

 

 

家賃はできるだけ安く上げること

 こんなことをいうと怒られますが、90%の飲食店が開店5年以内に閉店しているという現実があります。実に飲食店の命は短いもので、開店までの夢や期待に反して、閉店という事態が起こることは十分に考えられます。たとえ首尾よく繁盛している場合でも、ご自分の事情や、不可抗力による不測の事態もあり得ます。
 また閉店に至らなくとも、休業せざるを得ないといったことも考慮に入れないといけません。そして休業しても家賃はかかり続けます。さらに閉店した場合、借りたお店を元の状態に戻して大家さんにお返ししなければなりませんが、これが予想以上にパワーがいります。開店前から不吉なことをいうようですが、閉店も十分にあると想定しましょう。商売をやるには勇気がいるものなのです。

 

まずは居抜きの物件を探そう

 自宅を店舗にすれば別ですが、通常は家賃のかかる店舗を借りなければなりません。まずはもともと飲食店をやっていた、「居抜き」の物件を探してみましょう。厨房に流し台があって、その下流にグリーストラップが設置されてあることが望ましいと思います。
 この時飲食店ではなかった場所を選ぶと、のちのち面倒なことになります。何もない物件のことを「スケルトン」といいますが、スケルトン状態で賃借すれば、水道工事に関連して、排水にグリーストラップをつける事が義務化されている自治体もあり、それにも多額の工事費がかかります。給水及び排水によほど注意しなければ、飲食店は開店できないと考えてください。デタラメをやれば保健所の許可が下りないからです。

 
賃借物件を決める前に確認しておくべきこと

 物件探しは、先ほどお話しした通り水道工事にあまり費用がかからないことが鉄則です。元飲食店だった所も結構あるので、不動産屋さんに聞けばいい物件を紹介してくれるはずです。
 しかし家賃等もさることながら、契約する前にこれまであった厨房や店内を、レイアウト変更しても差し支えないかを確認しておく必要があります。
 また、閉店しなければならなくなったとき、店舗をそのままの状態(居抜き)で止めても構わないか、事前に確認しておくことも重要でしょう。

 

動線効率の良い厨房探しが店探しの基本

 蕎麦店では特に「動線」が大事です。蕎麦は茹でる作業が多いので、麺の保管場所である冷蔵庫と茹で麺機、茹でた麺を冷やすための製氷機などが、作業者を中心に半径1m以内にないと作業効率が極端に悪くなります。これらの冷蔵庫、茹で麺機、製氷機などがすぐ近くにないと非効率ですので、厨房内にその3点がある店を探すか、なければご自分でレイアウトをすることになります。

 

厨房のレイアウトは動線を考慮すれば、作業効率が格段にアップする

 同様に、茹であがる麺に対して至近距離にコンロ、フライヤー、盛り付け台の3点があることも重要な点です。繁忙時間にいかに数を多く提供するかが売り上げを伸ばす鉄則ですので、それができなければ無理して蕎麦屋の開店はやるべきではないでしょう。蕎麦屋は段取り八分の世界です。極力少ないキャストで動け、動線に無駄のない厨房を作ることは、客席のレイアウト以上に大事な要素なのです。また茹で麺機やフライヤーなどがあるので、特に夏場は灼熱地獄にさらされます。働く人への対策としてスポット冷房を検討することも想定しておいてください。

 

お店の立地について

 お店の家賃は町の中心部へ行くほど高くなります。これは当然のことですが、高い家賃と、集客の見込みを天秤にかけて考えてください。逆に家賃の安い郊外の物件に人が来ないかといえばそうでもありません。商売は不思議なもので、特に蕎麦店の場合山の中の一軒家にもお客さんは現れます。飲食店は様々な要素が複雑に絡み合って、中心部でもすぐに廃業する店もあれば、郊外でもそこそこ集客がある店も多数存在します。

 

一匠庵大河原本店は郊外型の立地
 
駐車場の設置をどう考えるか

 店に駐車場があればクルマでの集客につながりますが、反面アルコール類の売り上げは期待できません。逆に町場型の店舗では、駐車場はないものの、夕方に客単価の上がるお酒類をだすことができます。どちらがよいかはそれぞれの考え方になります。
 夜間の集客ができない店はお昼の営業に集中せざるをえません。コロナ禍以降増えているのが、極力稼働のかからないお持ち帰り商品で売り上げを上げる手法です。商品は様々ありますが、厨房の暇な時間を活用して作り置きしておく総菜などが、飛ぶように売れる場合もあります。オーナーの考え方にもよりますが、そばつゆで煮込んだ魚を真空パックにして冷蔵したものが売れるなんてこともあり、今どきの副業的なセンスで本業の集客での副産物を常に考えておくことも大事です。
 夜間営業することができれば、蕎麦屋の定番として日本酒などの銘酒を提供する店など、お客さんとのコミュニケーションが売り上げに貢献する場合もあります。ですから、駐車場がなくてもアイデアひとつで繁盛店を継続しているオーナーも数多くお見掛けします。

 

 

情熱だけでは成り立たない商売

 検討の時点ではまだ費用は発生しませんので、勇気のある撤退(断念)もこの段階で判断しましょう。ご主人の思い込みと情熱だけでは、失敗するリスクも付きまといます。そのような事例の場合、私はこの時点で話から脱落させていただいています。
 当たり前の話ですが、赤字よりも黒字のほうがいいに決まっています。次回は具体的に何をやればいいかを考えてみたいと思います。

 

 

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文・日本蕎麦街道代表 本木拓也

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